2021年2月28日日曜日

mznとubysk

※ 個人的な感想です。


機能不全家族と毒親

・・・家族愛の物語と言えばきこえはいいけれど機能不全家族と毒親。極めつけはubysk。最終選抜のあり方もさることながら子どもを道連れに自爆。年端も行かぬ子どもの同意があっても置いていくべき。mznが疑問視していたから反面的に描いているかと思いきやあれが善きものとして描かれているのか…。

考えてみれば203話でtnjrはmznの言葉を徹底的に無視しており、mznの台詞は全否定されるべし、ということなのかも。ksttは異常者の集まりというのも、本当はそうではない=正常で、mznがおかしいということ? 存在してはいけない生き物というのも、うっかりではなく、正論として言ってるのかも…。

存在してはいけないから赤ん坊に戻して荼毘に付したということ? 生まれてきたこと自体が不幸だから…そうするとやっぱり現代で赤ん坊に戻されたmuiの位置付けが。

…ううう、考えれば考えるほど胃もたれしそう…。

mznが毒親として描かれているというのは以前から感じていて、だからこそ老化させてると思っていたのだけれど、「対」として考えるとubyskは「善なる親」として描かれているのか。衝撃。二人セットで毒親ポジションと解釈していたよ。むしろmznの方が常識人な気もする。妻子道連れに引いていたもの。

mznとubysk

mznは合理主義で、知識欲があり、理系の様な印象です。一方でもののあはれをみて涙を流す平安貴族らしさも。血と細胞でコントロールするのも物質主義に思います。

カガヤ様は伝統重視で、言葉を使いこなし、精神主義。苛烈さも秘めている。

個人的にはこの二人はセットだと思います。

きめつ世界には「まともな大人」が誰ひとりとして居ない。

一番まともな常識人が、鬼の首魁(mzn)。

鬼にされたのに一般的な平安貴人のメンタルのままだし、時代に合わせて価値観もアップデートしている。

しかも部下に任せるだけでなく、自ら身を粉にして働く勤勉さ。その聡明さと思い切りは、外資系企業の社長のよう。

ブラック企業の社長はどちらかと云うと、ウブヤシキの方だと思います。年端の行かぬ子供を洗脳し、兵士として使い潰す。本物の人格者は多分そんな事しないと思う。


主人公と敵側の対話

 主人公と敵側の対話というのは少年漫画の主人公として必要だったようにも思うのだけれど、お互いかみ合っていないのだな。mznは「大災と思え」だし、tnjrは「存在してはいけない生き物」だし。  mznとtnjrの対話は、最初に彼らが相まみえたときに、tnjrが「存在してはいけない生...